いよいよ自動運転車の実用化ラッシュが始まった。

高速道路で手放し運転が可能となる今回の日産の開発成果は、ブレークポイントとなるだろう。

高速道路は一定の環境下にあるが、それでも高速走行した状態で、車に運転を任せるわけだから、かなりの技術的革新が成り立った状態でなければ、実現しない。

 

まだまだ、フロントの走行路を凝視し続ける必要がある車の運転ではあるが、少しでも運転者の負担を軽くすることは、21世紀の車のスタンダードスタイルだ。

2020年には、一般道路で自動運転する車を市販することは、業界が目指しているところである。ゆえに、今回の高速道路での自動運転の市販化は、大きなステップアップとなる。

技術的困難は、つきものだが、こうした技術の革新を実現させたところに、新たな世界が創出されてくる。

自動運転車は、社会構造を根本から変化させることだろう。

通勤ラッシュの世界は一変する。

電車通勤は、無くなる可能性が高い。

そもそも、電車自体が衰退する可能性が高い。

すぐにではないが、10年後、自動運転車が本格的に実用化され、技術的に一つの定着まで行き着けば、あらゆるモノが自動で動く世界となる。

電車による規定どおりの世界は、不要となってくる。世界に誇った日本の正確な運行を成した電車という高性能世界は、もはや10年後、世界が羨む技術ではなくなってしまう。

すべては、自動運転車が世界を支配する社会となるだろう。

 

電車は、戦後、大いに活躍した移動手段であった。21世紀になっても、その勢いは留まるところを知らなかった。

液晶画面が取り付けられ、Suicaによって、スムーズな利用が可能である。

新幹線の本数も増え、まさに時代の流れに乗り、隆盛を極めている。

しかし、2020年自動運転車が市販され、2030年までには、60%以上の普及が見込まれている。

この動きによって、時代は恐ろしいほどの変化を遂げる。

都市部は地下駐車場、立体駐車場が格段に増える。都市へ流入する車は、現在の10倍から20倍もの交通量へ拡大することだろう。

使い勝手が格段に上がった車を保有する人、利用する人も格段に増える。

2030年ごろから大都市の設計は、ある意味、都市構造の限界への挑戦となる。

都市改造も進む。電車をメインとする都市設計は、成り立たなくなるだろう。

なぜ、電車の利用が急激な減少をもたらすと予測できるのか?

それは、個の価値が今後も最も重要な欲求として、人々が選択するからだ。

車の利用は単に便利な移動手段として、その価値を人々が利用しているばかりではない。

大多数の人々が、車を利用することに個の空間を保持できることを上げる。

移動先において、車内空間によって、外界と隔絶し、個の空間を得られる最も的確な方法となる。

 

今後は液晶化されるであろう車の窓は、透過、遮蔽がたやすくなる。

車は、移動構造に比重が大きかったものから、居住構造にもより重きをおいたものへと進化する。

 

人が移動し、移動先において、一定の環境を保持できるという構図は、理想的な人間の欲求を満たす。

ゆえに電車の活用は、大都市が大量の車の流れを許容できる限界が存在することが条件と成る。

自動運転車の登場によって、確実に電車の利用機会は失われ、人々が欲する要求を満たせなくなるだろう。

新幹線においては、利用価値は維持されるが、都市を走る電車においては、その利用価値は確実に低下することだろう。

 

山手線などは、大都市において、通勤ラッシュによる膨大な利用者を出していたが、果たして、その数に変動はないのか。

今後の社会変革に当たって、注意深く動向を観察する必要があるだろう。