外食産業の偽装を見抜くことは、非常に困難である。
一つには、チェック体制がまったく無いことにある。
内部調査で発覚したとしても、それを指摘することのメリットは皆無に等しい。
よほどのことが無い限り、内外で外食産業の食材偽装について、問題発覚は起こらないであろう。
米国産牛肉を「黒毛和牛」 東京のレストランで産地偽装
https://www.asahi.com/articles/ASM5Q4S41M5QUTIL02M.html
上記のように、内部調査で発覚して、問題が露呈するというのは、監査など税務絡みで発覚したのであろう。
良心的チェック体制による告発とは思えない。
今回は、このように明確に問題が発覚し、ニュースにまでなったことで一般人の知れるところとなった。
黒毛和牛という一種の高級ブランドの食材を、安価で成長ホルモン残留など、健康被害も大きいとされる米国産牛肉を偽装して
消費者に提供しているなど、料理を提供するものとしては失格者にほかならない。
顧客が望む食材を注文しているのを、まるで違うものを提供しているのだ。
黒毛和牛=国産=安全食品という概念で注文する顧客もいたであろう。
米国産牛肉の2倍以上の値段は付く黒毛和牛を注文することで、その高級食材を食べようとする顧客の望みは打ち砕かれたわけだ。
こうした犯罪行為を行っておいて、継続して料理を提供しようという考えもどうかと思うが、
こうした偽装食材を成した業者に対して、さらなる厳しい措置を講ずるのは司法機関の役目ではないか。
結果的には、外食産業は、その経営者の良心のみに頼らざるを得ない世界であることを意味する。
将来的には、食材の品質を即座に化学分析をするなり、画像分析だけで、食材の品質を明確に答えを出す
人工知能技術の発達が行われることだろう。
そうしたデジタル的な部分で、安全管理を徹底しなければ、アナログな人間の気まぐれだけに任された安全管理の
改善が成る。
外食で健康を保つことは大変である。
自身の体調を一番良くわかっているのは、自分自身である。
ゆえに自分にとって、何が必要で何が不適切であるかは、自分自身が一番良く知っている。
しかし、外食では、メニューに書かれた料理のみが全てであり、その他オプションが少しだけ臨機応変を作る。
外食で健康を得ようとするのは大きな間違いである。
料理の知識、食材の知識がまったくなく、すべてを料理人に委ねなくてはならない人には、外食は選択肢の一つと成り得よう。
自分の健康を保つことは、とても大切だ。その健康を保つために必要なことは、自分で調理すること、自分で食べねければならない食材を
理解し、それを食べるように行動することだ。
外食の存在は、他の人とミーティングランチといった具合に用いるべきもの。
それでも毎日、積極的に取るべき食生活ではない。
残念ながら、日本人は、善良で堅実な人が多い。
だが、その堅実さがあまりにも大きくなりすぎると、食材を安価なものに偽装して、差額で確実に大きな利益をあげようとしてしまう。
善良さがバランスよくできれば、よいのだが、そう簡単なことではない。
特に料理を作る人は、毎日、同じことの繰り返しである。
毎日のルーチンワークは、手を抜きやすく成る。
そして、その手抜きも度合いが大きくなっていくものだ。
外食は、すべてが万全の料理がいつも出てくるとは限らない。
よほど強い信念を持った堅実な人間でも無い限り、毎日、手抜きのない料理は作りえないだろう。
常に万全を期すというのであれば、やはりデジタル的なチェック体制は必要となろう。